2011年7月8日金曜日

東日本の復興とエネルギー政策

これはある新聞に提出した提言である。刻一刻と事態はかわる。これをここに発表してよいのかわからないが、期限切れになってしまう前に、すこしでも多くの人に読んでほしいと思ったので転載する。
5月に書いた文章だが、基本的な内容は今のところ変わっていない。

 私は横浜で設計事務所を経営しながら、東北の大学で建築を教えている。毎週、大学のある山形と事務所のある横浜を行き来している。そうすると否応なく日本の中心である東京と地方が抱えるそれぞれの問題が見えてくる。そして、地方で起こっている様々な問題は東京でも将来起こりうる。現在、地方は流出人口が多く、急ピッチで人口減少、高齢化が進んでいる。いずれ、東京も同じようになる。その点で日本がどうなっていくのかとても気になる。2004年に、人口はピークを向かえ、すでに減少し始めている。2050年には8500万人ほどに減り、現在の65%程度となる。そのような状況のなかで、今回の震災は起こった。これから復興の絵を描くときにも、この前提は変わらない。日本が将来どうして行くべきか、どこへ向かうべきか論じていきたい。

■エコロジーについて
 いまから3年前、2008年。洞爺湖サミットで福田ビジョンが発表された。日本も低炭素社会を目指そうというものである。世間話をする延長で地球環境やエネルギー問題を専門とする同僚に「低炭素社会になったら、建築はどう変わるのか。」を聞いてみた。答えは至って簡単に「見た目の問題じゃなく、エネルギーの問題として、そりゃもう全然変わります。」との答え。まだ、ピンとこない。続けて「今の住宅は、どんどんエネルギーを使って、バンバン二酸化炭素を出しているけど、そんなんじゃ、石油がいくらあっても足らない。根本的に変わっていくんです。」「ドイツとかオーストリアではエコロジーを意識しながら、エネルギーをほとんど使わないかっこいい建物が建ってますよ。」と。また「日本にも、暖房がいらないような家を建てている建築家もいますよ。」と付け加えられた。
 そこで早速、秋田県能代の建築家のアトリエやオーストリアの最先端の住宅やプラントを見学に行った。秋田で見たのは、今にも雪が降りそうな曇天の冬のさなか、30坪程度のアトリエが小さな石油ストーブで十分に暖かくなっていた。十分な断熱がされ、エネルギーの出入りが少ないので、快適になるのだという。断熱材の厚さは20〜30cm。通常の約4〜5倍の量である。建築家の西方里美さんから「住宅は器の性能が大事である。」、「熱に関して、建築家はもっとちゃんと科学的に勉強しなくてはいけない。」ということを習う。家に大きな吹き抜けがあると、二階の気温が高く、一階の気温が低いということは当然のことだと思っていたが、それは間違いだと言う。もし、家が十分に断熱され内部と外部に熱のやり取りがなければ、そんな対流は起きない。家全体が一定温度になるということまで教わった。

■オーストリアの現在
 次に訪れたのはオーストリア。日本ではチロル地方などアルプスの沿いに国が位置する。そこでは何件かの住宅や地域を訪ねた。端正な木造の建物が美しい。美しいばかりではなく、暖房もバイオマスエネルギーを上手に使っている。オーストリアは石油ショックの後、徐々に対応してきた。ロシアからの天然ガスのパイプラインが政治的な問題でエネルギー危機になる可能性もある。そこで、森林に目を付け、バイオマスエネルギーの普及を進めた。いまでは、バイオマスエネルギーが全体のエネルギーの30%に近づいている。国からの政策的な後押しがあり民間でも導入しやすい。特に融資制度が充実していて、設備の半分を国が補助し、そのまた半分を銀行が融資し、個人が取り組む。実に四分の一程度で地域冷暖房が導入できる。もちろん、融資を返済した後は、個人の財産となる。その結果、個人のモチベーションはあがり普及が加速度化する。彼らに聞くと、「バイオマスの方が安いから、そっちをつかうよ。」とにべもない。オーストリアの状況は、林業が発達していて大きな製材所も数多くある。その廃棄物としてのエネルギーなので、当然コストは抑えられる。ショックだったのはボイラはオーストリア製なのだが、そこで使われているコンピュータ本体は日本製だ。デバイスをつくるのがうまくても、利用しなければ意味がない。また、地域暖房などでも、給湯管のパイプラインなどの道路の敷設で、日本では多くの費用がかかるが、地元の人は、特に誰に頼むではではなく、自らの手で敷設しているという。エネルギーシフトを成功させているオーストリアの社会と全然進まない日本の社会。森が多い点でも日本とあまり変わらない、第2、3次産業が盛んな点でも日本と産業構造的には似ている。オーストリアはここ10年ほどで大きく変わったという。

■木の可能性。 二酸化炭素の固定化、 エネルギー、森の再生。
 さて、最先端の住宅の材料はなんであろうか。答えは至ってシンプル。木造である。第一に木自体が二酸化炭素を固定化することで、エコロジカルである。
木はその生きている間、光合成をして二酸化炭素をその体内に固定化する。成長量より少なく木を切れば、二酸化炭素を固定化した木をどんどん増やしていける。また、他の材料と比べてもエコロジカルである。鉄やコンクリートは製造するときに大量のエネルギーが必要だ。鉄は溶鉱炉の熱、セメントは石灰岩を乾燥させるために大量の熱を使う。しかし、木は材料の運搬エネルギーがかかるだけだ。また木はエネルギーとして使ってもエコロジカルである。いわゆる薪である。今風に言い換えるとバイオマスエネルギーと呼ぶ。(ちなみに日本におけるバイオマスエネルギーは穀物由来ではなく、ほとんどが木材だ。)これらはほとんど二酸化炭素を出していないと計算していい。木を燃やすと二酸化炭素はでるが、木の生涯が貯めた二酸化炭素を放出していると考えられるので、その二酸化炭素は排出量として数えなくてよい。以上の3点から、木をエネルギーとしても使うべきだ。日本は世界でも有数の木材資源が豊かな国である。国土における森林率は67%(2002年)、岩手、秋田、山形、福島の4県は70%を超える。この森林率はバイオマスエネルギーの利用が盛んなフィンランド、スウェーデンに匹敵する。その森林は国内で外国産の安い材料が流通したのであまり手が付けられていない。むしろ、間伐など適切なメンテナンスがされていないくて荒れ放題である。森を再生するために手を入れなくてはいけない。

■日本の住宅
 日本では徒然草、吉田兼好の「住まいは夏を旨とすべし。」という教えが頑なに信じられている。冬は我慢できても、夏は我慢できないことを端的に言い表したものだが冷暖房がまったくない鎌倉時代の話である。現代はもちろん冷暖房があり室内の温度をコントロールできる。でも、住まいの器は昔の考え方のままである。それでは、エネルギーが無駄使いになってしまう。あまりにもったいない。ちょうど、日本の自動車がアメリカの自動車と競争をしていた時代を思い出してほしい。当時、日本車は大型だったアメリカ車に対抗し、小型車でアメリカ車に挑んだ。アメリカ車は大きく、重く、大量のガソリンを必要とした。そこに、日本車が小さく、軽く、燃費のよかった。徐々によさが認められ、アメリカ人も小さく燃費のよい日本車を求めるようになった。日本のメーカーは車を小さくすることで、必然的に燃費が向上しアメリカ車に勝ったのである。今の日本の住宅は、このときのアメリカ車に似ている。断熱性が低いので、冷暖房器具の能力を上げて、対応している。当然、エネルギーは無駄使い、冬には必要な部屋しか暖房しないので室内の各部屋での温度差が大きくヒートショックの原因にもなる。まるで、大きい車体に大型のエンジンを積んでいたアメリカ車とそっくりである。これらの話は実は沖縄以外、九州から北海道まで日本全国共通の問題である。どちらの地方も、冬になると最低気温は0度近く、そこから20度まで暖めるのにある程度のエネルギーを使うからだ。

■エコハウス
そういう状況のなか、大学の敷地に、エコハウスを建てる機会が得られた。もろもろ研究したことも踏まえて、3つの特徴のある建物とした。
1、山形の木でつくること
2、徹底した省エネルギー
3、自然エネルギーの活用
 前述とおり、木でつくることはエコハウスの第一歩である。特に仕上材は経年変化で狂うことを嫌って、様々なプラスチックや変化の少ない工業製品で置き換えられているが、積極的に木でつくることとした。また、エネルギーの無駄使いでは意味がない。徹底した省エネルギーとするために、断熱材を屋根にグラスウール400㎜、壁に300㎜設置した。開口部はトリプルガラスが嵌った木のサッシである。これらのことを対応すると、断熱性能があがって、エネルギーのロスが極端に抑えられる。木材豊かな東北の地なので、バイオマスと太陽光発電を併用させた。スペックは太陽電池 5kW、太陽熱温水器 30㎡登載。熱源としてペレットボイラを設置し、太陽熱温水器の水と混合して、暖房・給湯を行っている。
竣工して1年、年間を通じて売電量が多く、経済的な収支でもプラスとなっている。したがって、環境に対して、二酸化炭素を排出しないカーボンニュートラル(化石燃料を使わない)であるばかりではなく、あること自体でエネルギーを産んでいくプラスエネルギーの家であると考えられる。今回の震災時、山形ではまる2日間停電した。しかし、優れた断熱性能があったおかげで、電気が止まっても、その間、室温が18度から下がらなかった。断熱性能はた単なる省エネルギーだけではなく、停電などの災害にも強い。
 ヨーロッパでは2021年以降、すべての新築の工事ではカーボンニュートラルでなければならない。このエコハウスは法規制に準拠する。ヨーロッパでは標準だ。日本にはまず省エネルギーに関して義務化する法律はまだない。ただ、ストックが余り、業界が縮小していく建築分野ではメーカーやビルダーの間での性能の差異化が着々と進んでいる。
 高断熱の実現のために断熱材のコスト増は大きな問題ではない。建材の分野で、日本がおくれているのはサッシなどの建具周りの分野である。この気密がたらず、アルミサッシによる熱損失が大きい。メーカーによると今までは需要がないので対応していないと応える。法律などが整備されれば、たちまち高性能なサッシが出回るだろう。住宅の省エネルギー化により、電力量はかなり減らしていくことができる。一般の住宅だけではなく、公共建築の省エネルギー化もこれから必要な政策であろう。現在、日本の消費電力量のなかで家庭用が28.2%、業務用が29%となっている。住宅やオフィスのエネルギー節約は電力量の節約という点で効果的だ。一方、製造業(42.8%)の省エネルギーについては、よりい一層企業努力を促すために、ピークの時間をずらすことができることを促すような料金体系を望みたい。そうすることで、ピーク時の消費量が抑えられ、全体の設備のキャパシティ自体を抑えられる。

■大学のある山形の状況
 地方の都市がそうであるように、中心市街地の活性化の問題がある。郊外にショッピングセンターができることにより、中心市街地が空洞化する。そこで、大学の同僚や学生たちと残されている古い蔵の利活用をするプロジェクトを始めた。そうすると、一様に見えていた「まち」がいろいろな状態であることに気づく。単純に大型ショッピングセンターのまねをしようとしても太刀打ちできない。でも、独自性のある個性的なものは確実に人を集める。また、行政の縦割りも見えてくる。ある日のこと。「都市と地方を結びつけるために、農作物を中心市街地に集めて、観光客に振る舞ってはどうか。」というテーマのもと活動しようとしたが、まるでうまく行かない。農は農林課、中心市街地は商工課、都市との交流は観光課、実はセクションに分かれていて、どの課が担当するか見えてこない。本来、横断的なセクションがあるべきなのに、なかなかそうはなっていない。

■日本の将来
 日本が人口を減らしていきながら、豊かさを感じるためには、さまざまな価値観を変えていかなければいけないと思う。日本全体のGDPの伸びを競うのではなく、個人の所得の伸びを考えればよい。65%に減っていく人口に対して、GDPの伸びを論じること自体おかしい。人口減少社会において、今ある資産は有効に使われなければならない。たとえば、建築。既に十分な床面積を供給している。床の多寡ではなく、性能を充実化させるところに成長の余地がある。また、新しいエネルギー産業を起こさなくてはいけない。それは中央集権的なものではなく、分散型である程度、手間のかかるものであっていい。そうやって、雇用を産み出していく。それらはできるだけ今あるものをどう利用するかという考え方が必要だ。従来のように加工貿易型でモノを生み出すのではなく、技術そのものが価値になるような分野を開拓しなければならない。その代表的な例が自然エネルギーによる産業である。それらは分散型で地域に対して有効な産業となる。自然エネルギーには現実的なものとして、太陽光発電、風力発電、バイオマスエネルギーによる熱供給および発電などがある。まず、日本全体の問題として、エネルギーをどう考えるのかを決めていかなくてはいけない。現状と同じ量を今までと同じように使い続けることはどうみても合理的には思えない。技術革新をしながら節電をして、トータルの量を減らす努力をする。日本の自動車の燃費が向上したように、様々な分野で徹底して行う。また、人口の減少に合わせて、必要なエネルギー自体を抑えていくこともひとつの提案であろう。そのために現在どこでどのくらいのエネルギーが使われているか「見える化」する必要がある。そして、数値目標化し、具体的に電力のあり方が議論できるようにするべきである。また、お互いの電力を融通できるように、送電網を国有化し、日本版スマートグリッドを早急に押し進める必要がある。もちろん、周波数の問題は真っ先に取り組むべき課題である。加えて、送電網の国有化とともに、自然エネルギーへのシフトを積極的に進める政策を行う必要がある。
 さて、原子力発電に関して安全の確認を行いながら、しばらくは使い続ける必要があるだろう。しかし、そこでの安全や管理は今までと同じであってはならない。福島の事故は今の枠組みで起こってしまった。やはりそこに改善の余地は大いにある。安全基準の見直し、再確認に関しての第三者機関の設置も重要と考える。
 そういった長期的な日本の国としてのあり方、エネルギーのあり方を論じながら東日本の復興計画を位置づけたい。国が目指すべき姿、そのためのリーディングプロジェクトとしての復興計画である。

■沿岸型(三陸の市町村)
いずれの復興も人口の減少エリアの場合、ただ単に補償しても、人口が減る限り、町や村の将来はない。たとえ地震や津波がなかったとしても都市の統廃合が進んでいただろう。それを前提として、地元を活性化するには、人々が移り住みたくなるような魅力あふれる産業が必要だ。これが自然エネルギー特区によるエネルギー産業であり、第一次産業である。
 エネルギーの種類は、太陽光発電、太陽熱エネルギー、風力エネルギー、バイオマスエネルギーである。津波に襲われた地域では、あるコンセンサスが必要だ。そこにとどまるか移住するかである。私は後者を薦めたい。だが、どうしても沿岸部に残さざるをえない施設がある。その場合、 ある区間ごとに避難用のタワーをつくり、安全を確保したい。おそらくコンクリート造4階建て。一、二階は波が来ても抵抗がないように柱だけにして、その上に仮設的な事務所などをつくる。
 一方で、住民が住むのは高台を切り開き、コミュニティごと移住する。大事なのはコミュニティ全体でという点。阪神淡路大震災では、高齢者を優先的に入居させたことでコミュニティが分断し、孤立化した高齢者が孤独死していったことを忘れてはならない。
 そこでは、様々なエネルギープラントのテストを行い、住民はモニターとなる。建築は高断熱高気密として、断熱性能をあげ、少ないエネルギーでランニングできるような木造の低層建てとする。エネルギーを多く使わないライフスタイルをめざす。ここは、エネルギーに対して完全自立型をめざすので、現行法規の規制を超えた特区として、新しい実験の場としつつ、住民には快適で安価な生活を保証する。いくつかのエネルギーを混在させ、将来に向かって最適化していくようなシステムとする。電気は太陽光発電と燃料電池の併用。燃料電池は従来だと多くのお湯ができてしまうが、それとバイオマスのボイラを併用して、各戸へ地域暖房を敷設して共同でつかう給湯システムとする。また、風力発電の安定化につとめるため、蓄電池の性能実験を行う。同じ岩手県の葛巻町などは電力自給率が100%を超えている。こういった取り組みを、復興支援として後押しするのだ。
 
■都市型(仙台、石巻)
ここでも同じような展開が考えられるが、特区のあり方として、住宅が集合した状態でのエネルギーのあり方を考えるのが望ましい。集合住宅はエネルギー的には、効率的になるのでより有利になる。これは、東京などの都市部への応用を前提に考えていく。高い断熱性はもちろんのこと、自然エネルギーを積極的に使う。特に給湯やゴミ焼却などの都市的な生活資源をエネルギーの材料として扱う。建物は3〜4層の中層として、屋根には太陽電池を設置する。化石燃料とバイオマスのハイブリッドシステムを利用する。
また、電気料金の払い方を住民の意志によって、発電所の形式によって選択できるようにする。

■原発避難型(福島の市町村)
住民が現地に戻れるのが最良の方法だと思うが現状で直ちには判断できない。財産の保全は当然として、コミュニティを保ちながらの、一時的な避難場所を県外あるいは県内に探してみる可能性はないだろうか。そこではもちろん農業や林業に携わりながら、自然エネルギーのプロジェクトに参加する。

いままで、エネルギーのことを中心に論じてきたが、忘れてはいけないことがある。それは日本人の心、自然に対する世界観である。日本人は自然に対して、四季の違いを意識し、その景色を愛してきた。そういう風景は保全されるべきである。一方、ロードサイドの郊外型の店舗の看板など、本来ないほうがいいものが多くある。この復興にあたって、この沿岸部の風景をそういった視点でコントロールしたら良い。理由は2つある。一つは外部的な視点から。これらの復興プロジェクトは、リーディングプロジェクトであることから、それ自体を観光資源としたい。地震や津波のことを考え、これからの日本のプロジェクトの象徴的存在としたい。もう一つは内的な「こころ」の問題である。看板や建物の景観は、原則経済活動を妨げない範囲で行われてきた。ただ、震災によって本当にあるべき姿は何か常に考えさせられる。経済活動を推し進め、突き詰めた結果が地震を自然災害としてだけではなく、人災も加わった複合災害にしているように思えて仕方がない。ここはひとつ、本来あるべき姿、景観、景色を考えるべきではなかろうか。
 
以上、私のエネルギー政策は、自然エネルギーへのシフトを前提に、そのリーディングプロジェクトとして、震災の復興を考えた。現在の日本を復興させていく方法はそれほど簡単ではない。しかし、国がある方向に向かっていくためには、国民すべてが納得できるようなプランが必要だ。エネルギーに対して技術で答えていくことが日本の採るべき道だと思う。

1 件のコメント:

不良講師 さんのコメント...

横浜についてはどのようにお考えでしょうか?